武田邦彦ブログで「錯覚取りの練習」をしてみよう

お騒がせ「科学者」の武田邦彦さんがブログでまた「タバコと肺がんは無関係」説を唱えているようですね(コメント欄で「まさる」さんに教えてもらいました)。武田さんの音声ブログの見出しは「錯覚取りの練習 喫煙率と肺がん」です。ここでは武田氏の主張を題材に、質問学ブログなりの「錯覚取りの練習」を行ってみます。


◎質問は共有しよう

まずは武田氏の主張を確認します。賛成するにしても反対するにしても、相手の主張内容をきちんと理解することは大切です。ブログの中で武田氏は日本人男性・女性両方について言及していますが、男性についてはすでに多くの記事があるので、ここでは女性について考えてみます。問題の仕組みは変わりません。

武田邦彦ブログ:錯覚取りの練習1 喫煙率と肺がん

(大意)日本人女性の喫煙率は横ばいである。なのに肺がん死亡率は上昇している。「タバコを吸うと肺がんになる」という常識を疑ってみることが必要だ。


武田邦彦ブログ:錯覚をとる練習(2) 本当にタバコと肺がんは関係ないのか?

(大意)女性の喫煙率が横ばいなのに肺がん死亡率が上昇しているという事実をごく素直にみれば、喫煙率と肺がんは関係ないことがわかる(3’30”)。「タバコを吸うと肺がんになるかどうか」という問題については「よくわからない」という程度の認識に戻しておくべきだ(5’57)。

いかがでしょう。武田氏が提示している疑問「日本人女性の喫煙率は横ばいなのに、肺がん死亡率は上昇している。喫煙と肺がんは本当に関係あるのだろうか?」は、わたしたち全員が共有してもいいのではないでしょうか。たしかに、頭を使って考える練習になりそうです。


◎結論を早まらないこと1(年齢調整の必要性)

最初に事実確認をしておきましょう。まずは喫煙率の推移です。厚労省のホームページを見ると「成人女性の平均喫煙率は9.8%であり、ピーク時(昭和41年)より漸減しているものの、ほぼ横ばいといった状況です」と説明されています。


出典:厚労省ホームページ

つぎに肺がん死亡者数の推移です。国立がん研究センターのページを見ると「男女とも、がんの死亡数は増加し続けている」と載っています。がん全体でも、また女性の肺がんも増加していることがわかります。


出典:国立がん研究センターホームページ

つまり、武田氏がいう「女性の喫煙率横ばい、肺がん死亡数増加」は事実だということです。だけど、そこから「喫煙と肺がんの関係はわからない」と結論づけてしまっていいのでしょうか?

上記、国立がん研究センターのグラフにはこんな説明がついています。

がん死亡数

  • 男女とも、がんの死亡数は増加し続けている。
  • 2013年のがん死亡数は、1985年の約2倍。
  • がん死亡数の増加の主な原因は人口の高齢化。

「がん死亡数の増加の主な原因は人口の高齢化」と説明されています。これはどういうことでしょう。

ご存知の方も多いと思いますが、がんの発生率・死亡率は年齢が上がるに従って急激に上昇します。国立がん研究センターのホームページで女性の肺がん死亡率の変化を確認してみましょう。


出典:国立がん研究センターホームページ

40歳以下で肺がんでなくなる人はほとんどいません。50代、60代、70代、80代と年齢が上がるにしたがって、死亡率が急上昇していることがわかります。
また一方、日本社会は高齢化が急激に進んでいますから、肺がん死亡者数増加も高齢化が大きな原因となっていると推測できます。

では、高齢化の影響を取り除くために年齢層をそろえてやると、肺がん死亡率はどう変化しているのでしょうか。それが「年齢調整死亡率」です。


出典:国立がん研究センターホームページ

「年齢調整死亡率」を見ると、女性の肺がん死亡率は1980年代からほぼ横ばいであることがわかります。

武田氏は「年齢調整をすれば肺がん死亡率が横ばいになる」という、基本的事実に触れることなく、「喫煙と肺がんの関係はわからない」と主張していることになります。ここにロジックの飛躍があります。

面白いことに、武田氏自身も3年前のブログでは「ガンは年齢と共に増えるので、粗死亡率(その年に肺がんで死んだ人の数)ではなく、それを年齢調整した死亡率をとる」と書いているんですけどね。(これはコメント欄でまさるさんに教えていただきました)


◎結論を早まらないこと2(喫煙者と非喫煙者の比較)

ここまで喫煙率と肺がん死亡率の変化を見ながら、武田氏のロジックの飛躍を確認しました。しかし武田氏には、さらに根本的な見落としがあります。それは「そもそも喫煙と肺がんの関係はどうやって調べるか」という問題です。

結論からいえば、時代による喫煙率や肺がん死亡率の変化だけをみても、タバコと肺がんの因果関係は確定できません。時代がちがえば生活スタイルや環境も変化します。そのデータだけではいろんな可能性が考えられて、肺がんの原因を特定できないのです。

「タバコが肺がんの原因かどうか」を調べる一番オーソドックスな方法は「喫煙者グループと非喫煙者グループを比較する」ことです。その場合、人種・性別・年齢など喫煙以外の条件はなるべく揃えてやります。

すると、世界中のどの人種でも、性別でも、年齢層でも、喫煙者グループの方が非喫煙者グループよりも肺がん発生率・死亡率が高いことがわかります。


出典:国立がん研究センターホームページ

国立がん研究センターの調査結果をみても、喫煙者グループの方が発生率が数倍高いことがわかりますね。


◎まとめ--武田氏が見落としていること
  1. 日本人女性の喫煙率横ばい、肺がん死亡者数増加
  2. 日本人女性の年齢調整死亡率は横ばい
  3. 喫煙者グループと非喫煙者グループを比較すると、人種・性別・年齢層にかかわらず、喫煙者の肺がん死亡率が高くなる

これら3つのデータはすべて事実です。

自称「科学者」の武田さんは、このうち 1 のデータだけを取り上げて「タバコと肺がんの関係は不明」だと主張しています。
一方、国立がん研究センターなど専門機関は 1〜3 すべての事実を把握したうえで、「喫煙は肺がんの原因(のひとつ)」と結論づけています。

どちらが科学的に誠実かは明らかではないでしょうか。今回の記事が皆さんにとっての「錯覚取りの練習」になることを願っています。