武田邦彦「正しい」とは何か アマゾンレビュー

武田邦彦『「正しい」とは何か?』についてアマゾンのレビューも書いてみました。論点を明示することが、「正しさ」について考える良いきっかけになることを願っています。もし参考になったらポチッと押してもらえると嬉しいです。


アマゾンレビュー「イベントで武田先生に質問してみた」

本書の刊行記念イベントで武田氏に質問する機会があった(2013/6/14 下北沢B&B)。(結果的に)4つの論点が提示できたので、今後の建設的議論のために紹介します。

【論点1】喫煙者が減り続けているのに、肺がん死亡者数は増え続けている。(中略)喫煙と肺がんの間には科学的な因果関係がない。(p170〜171)
←(私の質問主旨)年齢による影響が考慮されていない。たとえば「20歳の喫煙者集団」と「75歳の非喫煙者集団」を比較すると後者の方が発がんリスクが高い。社会が高齢化すれば肺がん死者数も増加するので、その影響をまず取り除くのが疫学研究の基本(年齢調整)。すると実際に、喫煙が減少すれば肺がんも(30年ほどのタイムラグを経て)減少するというデータが得られる。

【論点2】厚労省は、タバコを吸っている人と吸わない人を比べると、喫煙者は1.6倍がんになりやすいと発表しています。(p171〜172)
←キーになる数字が混同されている。「1.6倍」は「全がん」についての数字。肺がんなら「4.5倍」。p172ページでは肺がんの計算に「1.6倍」を用いてしまっている。

【論点3】男性の人口は約6000万人ですから、喫煙者率70%ですと、喫煙者数は4200万人になります。(p172)
←おそらく単純な見落とし。JTの調査による「喫煙者率70%」は20歳以上の成人が対象。仮に当時の成人男性が4500万人なら、喫煙者は4500万×0.7=3150万人。これだけで1000万人以上の差が生じる。

【論点4】しかし私は、病院にやってきた1人ではなく、行かなかった999人のことを考えます。この999人は、タバコを吸っていたにもかかわらず、肺がんにもならず健康だった、ということです。(p172〜173)
←数字の解釈がデタラメになっている。厚労省の人口動態統計(p170のグラフの出典でもある)によると現在「日本人男性のうち毎年1000人に1人弱が肺がんで死亡する」というのが、まず共有しておきたい認識。その場合、残りの999人には「喫煙者」「非喫煙者」「病気の人」「他のがんになった人」など全ての男性が含まれる。

私がとりあげたのは五限・第一話の数ページについてだが、その中だけでも非常に多くの誤りが見られる。たとえばp172の12行目に登場する「0.06%」。これは元になった「4200万人」「比率1.6」が両方誤っているため(論点2&3)、計算結果も10倍以上違っている(おそらく「1%」程度が妥当)。また「肺がん死亡者数4万人」について、「日本人男性(喫煙者+非喫煙者)」の「死亡者数」のはずが(p172, 5〜8行目)、数行後には「喫煙者」の肺がん「患者」と、まったく違う解釈になっている(p172, 15行目)。

アマゾンページには担当編集の言葉として「社会や時代の『空気』にダマされたくない人にとって必読の書です」と載っているが、資料や計算過程をチェックしたとは到底思えないレベル。

トークショーに戻ると、実際には、論点4→3→2→1の順で質問を行った。

<武田氏の回答>
【論点4】あなたが何を言いたいのか質問の意味がわからない。
【論点3】子どもの喫煙率については以前十分に調査した。
【論点2】いきなりそんな細かい数字について訊ねられても答えられない。
【論点1】(私が年齢調整の説明を始めたところで時間切れストップに)

論点1、3、4について具体的な反論が返ってこなかったことは、改めて説明するまでもない。また論点3についての「以前十分調査した」は、その場しのぎの嘘である可能性が高い。(「二十歳以上の喫煙率70%」「全世代の喫煙率70%」がともに成り立つためには、「0〜19歳の喫煙率70%」という調査結果が必要)

「いろいろな『正しさ』がある」というこの本のテーマ自体は面白い。「空気的『正しさ』に流されてはいけない」というメッセージも支持したい。しかし具体的な計算は、あちこちから拾ってきた数字をテキトーにつなぎ合わせて「科学的な空気感」を作り出しただけの偽物だと判断せざるを得ない。(ご本人や担当編集者から反論があるならコメントください。オープンな場で検討します)

本書に感銘を受けた皆さん。あなたがまだ実際にやっていないことが1つあります。それは自分の力で資料を調べ、意味を考え、計算してみること。上記の4つの論点について、ご自分で検証してみてください。多少頭が疲れるかもしれません。でもせいぜい中学高校の試験勉強レベルです。2時間集中して取り組めば「空気的な正しさがどのように作られるか」のリアルな意味が体感できるはずです。