美味しさのメートル原器は存在するか?

「1メートル」は長さの単位である。もともとは革命期のフランスで地球の赤道と北極点の間の子午線の1000万分の1の長さとして定められた。その後「これが1メートルの長さです」という目盛りが刻まれた金属が「メートル原器」として各国に配られた。
現在では、「1メートル=光が真空中を2億9979万2458分の1秒に伝わる距離」として定義しなおされている。

このように長さには明確な基準がある。だから、333メートルの東京タワーと634メートルの東京スカイツリーを比較して、東京スカイツリーの方が高いことに異論を唱える者はいない。

それでは、東京タワーと東京スカイツリーの「美しさ」についてはどうだろう。
東京スカイツリーの地上部分での断面は正三角形をしている。それが高くなるにつれて丸みをおびた三角形になり、地上320メートルでは円になる。また、日本の伝統建築の発想も活かされているのだそうだ。一方の東京タワーは建設当時、「エッフェル塔の猿まね」という批判も受けた。
だからといって「スカイツリーの方が東京タワーより美しい」と決定できるだろうか。

長さと違って美しさには万人が認める基準が存在しない。東京タワーにスカイツリー以上の美しさを見いだす人がいてもいい。ゴッホの絵だって生前は誰からも評価されなかったのだ。


「ビールの美味しさ測定器」なるものが完成したとしよう。この測定器はあらゆるデータを駆使して、ビールの美味しさを客観的に導きだすことができる。
さてこの機械によれば、A社の「プレミアムドライ」はB社の「スーパーラガー搾り」より美味しいという結果がでた。だけどビール好きのCさんは思ったのだ。「プレミアムドライ」よりも「スーパーラガー搾り」のほうが美味しい、と。

「長さ」は事実の問題だ。一方「美しさ」「美味しさ」は価値の問題だ。事実には客観的な基準が存在するけれど、価値には存在しない。まずはこのことを基本として押さえておきたい。