<東京五輪の禁煙化>「共存共栄」論の危うさーー受動喫煙は「環境問題」である

東京五輪の禁煙化論争について「愛煙家と嫌煙家は共存してける」というブログ記事を読んだ。前向きな提案であることはわかるのだが、海外事情について根本的な誤解もある。論点を整理しつつ「共存共栄」論のどこが危ういのか確認しておこう。

BLOGOS<東京五輪の喫煙環境論争の影でJTの努力>愛煙家と嫌煙家は共存していける(岩崎未都里・学芸員)

◎「愛煙家と嫌煙家は共存していける」って本当?

このブログ記事では禁煙条例化に反対して、「愛煙家と嫌煙家は共存していける」ことの根拠となる例が2つ述べられている。「イギリスのシガーバー」と「日本のシガーバー」である。

※イギリスのシガーバー
まずイギリスのシガーバーについて。筆者はジャーナリストの大谷昭宏氏の発言を引用しながら「条例化反対」に共感を寄せる。

大谷昭宏)「イギリスのホテルはシガーバーを用意するのが一つのステータスで、それによってホテルの品格が担保されているのです。イギリスは先進国でありながら明文化された憲法がありません。憲法なんてなくても政治は回っていくし、その根底には人々がお互いに気遣うマナーがあるのです。煙草を吸わない方々は愛煙家が 集うシガーバーに行かなければいいだけで、それが真の“分煙”だと思います」

※日本のシガーバー
つぎに筆者はJTが運営するシガーバーへと足を運ぶ。ちなみに、筆者(女性)自身はタバコを吸わない。

実際に渋谷と六本木の「le Connaisseur」へ行って数時間過ごしてみたが、通常飲食店の5倍の換気システムとオゾン脱臭装置を完備し、もはや普通のバーより清浄な空調であり、非喫煙者である筆者が愛煙家の方々と上質な時間を共存できる心地よい空間になっていることに驚かされた。

そして、このような「シガーバー」的な試みを普及させることによって「愛煙家と嫌煙家は共存していける」と主張する。なかなか建設的な意見にもみえるが、いったいどこがおかしいのだろう?

◎イギリスは法律で全面禁煙化されている

まずはイギリスの禁煙事情である。ジャーナリスト・大谷昭宏氏はイギリスに成文化された憲法がないことを例に挙げて「条例化」が愚かであると主張している参考:週刊ポスト記事。しかし、これは「憲法」と「法律・条例」をまったく混同した意見である。

2000年代に入り、イギリスでは屋内公共スペースの完全禁煙化が達成されている。レストランはもちろん、パブやバーでも禁煙法に違反した場合、50ポンド(約9100円)の罰金を支払わなければならない。


出典:厚生労働省 e-ヘルスネット 進んでいる世界の受動喫煙対策

さらに今月(2015年10月)からは、「子供が乗っているときは自動車内も禁煙」という法律が施行された。こちらも違反すれば50ポンド(約9100円)の罰金である。出典:子供が乗っているときは車内禁煙、イギリスで法案可決「大人は自由に吸えるが、子供は声をあげられない」

イギリスにおいて「シガーバーで自由に吸える」というのは、あくまでも屋内スペースの完全禁煙化を前提とした例外措置にすぎないのである。(ホテル、高齢者施設、刑務所などの指定された部屋でも、例外的に許可されているようだ。(出典:Smoking ban in England)

ではなぜ、イギリスでは屋内公共スペースが法律によって完全禁煙化されているのだろうか。「愛煙家と嫌煙家の共存共栄」は…???

受動喫煙は環境問題である

イギリスをはじめ先進国で屋内スペースの禁煙化が法制化されているのは、タバコの副流煙がすべての人の健康にかかわる環境問題となっているからである。このことは、タバコ副流煙の一部であるPM2.5(大気中に浮遊する粒の大きさが2.5µm以下の微小粒子状物質)に注目するだけでもわかるはずだ。


出典:厚生労働省 e-ヘルスネット PM2.5と受動喫煙

あらゆる先進国において、水や食品や空気など、体内に入るものすべてに一定の安全基準が設けられている。その安全基準に対して受動喫煙の健康への影響が著しく上回っていることが問題なのである。このことは、受動喫煙健康被害について曖昧な態度をとりつづけているJTの主張だけを眺めていては理解できない。

◎「すべての人」に安全な環境を

たしかに「愛煙家と嫌煙家の共存共栄」は心地よく響く言葉だ。しかし、真に問題解決をめざすならば、その提案の主語は「愛煙家」「嫌煙家」というバイアスのかかった言葉ではなく「すべての人」にすべきだろう。

すべての人がみずからの意志に反して有害な煙を吸わされることのない権利

問題解決のために、まずこのことを考えるべきだ。その先進的な例がイギリスにおける屋内公共スペースの罰則付き禁煙化である。

もちろん上記のブログ作者が指摘するとおり、公共スペースの禁煙化実現には「喫煙者がタバコを吸う権利」や「税収」「文化」などさまざまな要因もかかわってくる。アスベストの規制などに比べると反対が多いのは事実である。これらの論点については「環境問題の解決」という基本を押さえたうえで検討すればいいだろう。

  • 喫煙者がタバコを吸う権利(→例外的措置の検討)
  • タバコ税収の問題(→どうすれば脱タバコ化へソフトランディングできるか?)
  • タバコ文化(→伝統文化の保存方法は?)
◎まとめ
  • 「愛煙家と嫌煙家の共存共栄」論においてイギリスの「シガーバー」が条例化反対の論拠とされている。
  • しかし実際には、イギリスにおいては屋内公共スペースの完全禁煙化が達成されている。
  • 受動喫煙問題は「愛煙家/嫌煙家」ではなく、「すべての人にとっての環境問題」という観点を共有して解決を目指すべきである。

最後に、冒頭に引用した岩崎未都里さんのブログ記事について。もしこれが「イギリスのように禁煙化を原則としたうえで『シガーバー』を例外的措置として認めよう」という提案ならなら、これはいわゆる「分煙」案ではない。「完全禁煙」案のバリエーションである。そういうことなら、2020年のオリンピックも安心して迎えられるはずだ。