喫煙者は寿命が10年短いって本当?〜〜英語の論文を読んでみた(1)

以前ご紹介した「日本人の場合でも喫煙者は非喫煙者より8〜10年ほど寿命が短い」という論文を、ちょっとしたきっかけがあって読み直してみました。英語なので多少骨が折れますが、論文を最後まで読み通すことは推理小説にも似た、わくわくする体験でした。

前回の記事:【喫煙と寿命】日本人の場合
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20150907/p1

論文:Impact of smoking on mortality and life expectancy in Japanese smokers: a prospective cohort study(日本人喫煙者の死亡率と平均寿命に対する重大な影響/前向きコホート研究)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3481021/


◎論文の背景

2012年、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)に掲載された「日本人喫煙者の死亡率と平均寿命に対する重大な影響」という論文が発表された背景には、ひとつの謎がありました。

欧米でも日本でも喫煙によってリスクが増大する病気の種類は変わりません。なのに欧米の調査では喫煙者は非喫煙者より10年ほど寿命が縮まるとされているのに、日本の調査では寿命の差が4年ほどだったのです。今回の論文は、その謎を解く手掛かりを私たちに与えてくれています。


◎調査対象者について

論文の目的は、喫煙が死亡率と平均寿命に与える影響を調査することです。もちろんこの調査は大きな集団で行う必要があります。数百人程度の小さな調査だと、数十年後に亡くなる人のデータももごくかぎられた数しか得られませんから。

調査対象者は、1963年から1992年にかけて、男性2万7千人、女性4万人が集められました。この中には、直接聞き取りをした人と、郵便でアンケートをした人が含まれます。そして最近まで(2008年)追跡調査がおこなわれました。

この調査対象者は、広島と長崎在住の人が中心です。なぜかというと、もともとは原爆の長期的な影響を知るための12万人規模の調査があり、その対象者への追加調査がもとになっているからです。
とはいえ12万人のうちおよそ半数は爆心地から十分離れたところにいて原爆の影響を受けなかった人です。この方たちは被爆者との比較対象として選ばれたわけですね。また被爆した人についても、1950年以降に亡くなった方のうち、原爆の放射線が原因となった死亡は3%程度だと見積もられています。
つまり原爆による放射線の影響は、今回の論文において一応排除されているといえるでしょう。(データの分析において喫煙以外のどんな要因が考慮されているかついては改めて触れます)


◎調査によってわかったこと

さて、およそ6万7千人の対象者の中には、男性も女性もいます。明治生まれ、大正生まれ、昭和生まれがいます。喫煙者、非喫煙者、途中でタバコをやめた人がいます。これらの人たちを長期間追跡したところ、次のことがわかりました。

  • 1920年大正9年)以前に生まれた世代よりも、1920年〜1945年(昭和20年)生まれの世代の方が、喫煙者1人あたりの喫煙本数が増えている。(男性1日13本→24本、女性7本→13本)
  • 1920年以前に生まれが世代よりも、1920年〜1945年生まれの世代の方が、喫煙者がタバコを吸い始めた平均年齢が下がっている。(男性23歳→20歳、女性36歳→24歳)
  • 1920年以前に生まれが世代よりも、1920年〜1945年生まれの世代の方が、喫煙者と非喫煙者の死亡率の差が拡大している。(1920年以前生まれでは、喫煙男性の死亡率は非喫煙男性の1.46倍、女性は1.51倍。1920〜45年生まれでは、それぞれ1.89倍、1.81倍)

ごくざっくり言うと、明治・大正生まれと昭和生まれを比較すると、喫煙者一人当たりの喫煙本数は増加、喫煙開始年齢は低下、それにつれて喫煙者と非喫煙者の死亡率の差は拡大しているといえます。


1890年(明治23年)以前に生まれた人と、1920年大正9年)〜1945年(昭和20年)に生まれた人を比べると、男女とも喫煙本数が増え、喫煙開始年齢が下がっている。

そして、1920年〜45年生まれで、20歳以前にタバコを吸い始めた人たちにかぎれば、喫煙者と非喫煙者の死亡率の差はおよそ2倍(男性:2.21倍、女性:2.61倍)、平均寿命の差は8〜10年(男性8年、女性10年)にもなるのです。


男性喫煙者(20歳以前から喫煙)のうち70歳時点で存命だったのは全体の72%。一方、非喫煙者は72%が78歳まで生きた。
女性喫煙者(20歳以前から喫煙)のうち70歳時点で存命だったのは全体の79%。一方、非喫煙者は79%が80歳まで生きた。

このことから何が言えるか? 以前の調査では、喫煙者と非喫煙者の平均寿命の差は日本人の場合4年ほどで、欧米の10年とくらべて半分以下の結果でした。ところが欧米の場合は10代で喫煙を始める人も多く、また喫煙者が1日に数本数も日本より多いという事情がありました。
今回、大正9年以降の世代も含めた調査を分析したところ、喫煙者と非喫煙者の平均寿命の差について、欧米に近い結果が出ました。

つまり、今までの調査で日本人の場合は喫煙者と非喫煙者の差が比較的小さかった原因は、喫煙本数が少なく、喫煙開始年齢も遅かったからではないかと考えられるのです。


◎論文を読んでみて

もちろん、この2012年の論文が決定的なものだとまではいえないでしょう。今後の調査で明らかにあることもあると思います。とはいえ、喫煙者と非喫煙者の寿命の差について、欧米と日本では違いがあるという謎の解明に、ひとつの有力な仮説を示したといえるのではないでしょうか。

ところで冒頭で触れたように、わたしがこの論文を読み直したのには、きっかけがありました。そのことについては次回(明日?)記事にするつもりです。


喫煙者は寿命が10年短いって本当?〜〜英語の論文を読んでみた(2)
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20151223/p1

武田邦彦音声ブログ「錯覚をとる体操 20歳以下で喫煙すると・・・」へのコメント
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20151223/p2