【ニセ科学】武田邦彦音声ブログ「錯覚をとる体操 20歳以下で喫煙すると・・・」へのコメント

武田邦彦ブログへのコメントを、こちらにも転載しておきます。


錯覚をとる体操 20歳以下で喫煙すると・・・


藤本ヨシカズ@質問学です。この論文を読んでみました。タバコについての「ミッシングリンク」を埋める可能性がある、わくわくする論文ですね。

論文:Impact of smoking on mortality and life expectancy in Japanese smokers: a prospective cohort study
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3481021/

論文の概要を確認します。

【背景】
喫煙者と非喫煙者の寿命の差が、欧米では10年ほどあるのに、今までの日本の調査では4年ほどだった。

【調査】
日本人男女67,000人を1963年(昭和38年)から2008年(平成20年)まで追跡調査。広島・長崎の放射線の影響を調べる調査(12万人規模)がベースになっているが、対象者の半分は放射線の影響を受けていない人。また、被爆については論文の結果に影響しないように考慮されている。

【結果】
(大雑把にいうと)明治・大正生まれよりも昭和生まれの人の方が…
・喫煙者1人あたりの本数が増加している(男性1日13本→24本、女性7本→13本)
・喫煙開始年齢が下がっている(男性23歳→20歳、女性36歳→24歳)
・喫煙者と非喫煙者の死亡率の差が拡大している。
1920年大正9年)〜1945年(昭和20年)生まれで、20歳前に吸い始めた喫煙者は、非喫煙者と比べて、男性で8年、女性で10年寿命が短い。

【考察】
欧米では、10代から喫煙開始する人が多く、また、ひとりが吸う本数も多かった。今までの日本の調査で喫煙者と非喫煙者の差が少なかったのは、日本人の喫煙開始年齢が遅く、また喫煙本数が少なかったからではないか。

ざっというと以上のような流れで、欧米と日本の違いの「ミッシングリンク」を埋める考察がなされています。

これを踏まえて、4つの論点について武田さんの主張をチェックしてみます。

(1)調査対象者は広島・長崎の被爆者なので不適切か?
(2)「戦前に20歳以下でタバコを吸い始めた女性」は売春婦か?
(3)サンプルが年に14人では少なすぎるのではないか?
(4)女性の平均寿命は86歳、戦後70年しか経っていないので、平均寿命の比較はできないのではないか?

(1)調査対象者は広島・長崎の被爆者なので不適切か?
たしかにもともとは広島・長崎の被爆の影響を調べる調査がベースになっています。しかし、対象者の半分は原爆投下時に爆心地から離れたところにいて放射線の影響をまったく(orほとんど)受けていない人です。また被爆者についても、1950年(昭和25年)以降に亡くなった人のうち原爆の影響は3%程度だと見積もられています。さらにこの論文では「タバコ以外に影響を与える要因」(交絡)として、被爆の影響が統計的に処理されています。そのうえで、やはり喫煙者は非喫煙者よりも早死にするということです。

(2)「戦前に20歳以下でタバコを吸い始めた女性」は売春婦か?
武田さんは初歩的な誤読をしています。1920年〜1945年は対象者が「生まれた年」なので、戦時中に喫煙していたかどうかは関係ありません。たとえば、次のような人をイメージすればいいのではないでしょうか。

「1933年(昭和8年)生まれで、長崎の近郊在住(被爆していない)だった女性は、調査を開始した1963年(昭和38年)には30歳、2003年(平成15年)の時点で70歳。このような女性同士を比べると、10 代でタバコを吸い始めた人は、タバコを吸ったことがない人と比べて、約10年寿命が短くなる。(なお、飲酒習慣、学歴、BMI値は同等だとする)」

上述した「放射線」とともに「飲酒」「学歴」「BMI」についても影響が排除されているので、喫煙者だけを「売春婦」扱いする根拠はどこにもありません。(論文のEffect of possible confounding factorsを参照)

(3)サンプルが年に14人では少なすぎるのではないか?
調査自体は男性27,000人、女性40,000人を長期間追跡した大規模なものですが、「20歳以下で喫煙を始めた女性」に限定すると357人になります。たしかに「20歳以下で喫煙を始めた男性5842人」と比べると少ないですが、この357人をさらに25年で割って「1年あたり14人」とする理由もないでしょう。

「1920〜45年生まれ、20歳以下で喫煙開始した女性喫煙者」は51人で、非喫煙者に対して死亡率が2.61倍になっています。これはぴったり2.61倍という意味ではなく、統計的な信頼度(95%CI)でいえば約2倍〜3.4倍という範囲になります。いずれにしても喫煙者は非喫煙者より死亡率が高く、また喫煙開始年齢が低くなると、さらに死亡率が高くなる傾向がみられます。

(4)日本人女性の平均寿命は86歳、戦後70年しか経っていないので、平均寿命の比較はできないのではないか?
平均寿命の差の根拠は論文に明記されています。「20歳以前に喫煙を開始した女性のうち70歳時点で存命だった人は全体の79%。一方、非喫煙者は全体の79%が80歳まで存命だった」ということですね。(論文のFig.2)

以上、武田さんは論文を読んでいないか、初歩的な誤読をしているのいずれかだと思われます。


(関連記事)
喫煙者は寿命が10年短いって本当?〜〜英語の論文を読んでみた(1)
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