喫煙者は寿命が10年短いって本当?〜〜英語の論文を読んでみた(2)

きのうの記事、喫煙者は寿命が10年短いって本当?〜〜英語の論文を読んでみた(1)の続きです。

今回、論文を読み直したきっかけは、コメント欄で「まさる」さんが武田邦彦・中部大教授の音声ブログについて、情報をくれたからです。武田センセイ、相も変わらず論文の読み方が独特すぎる(というより読まずに発言しているっぽい)ので、私もチェックしてみたしだいです。

武田邦彦ブログ:錯覚をとる体操 20歳以下で喫煙すると・・・

武田さんの主張は、おおよそ次のように要約できます。

この論文では、タバコを吸うと寿命が10年縮まると言っている。しかし、調査対象者は広島・長崎で被爆した人たちが多く、また戦前・戦中に20歳以下で喫煙していた女性はほぼ売春婦である。さらに対象者は年に14人ほどと少ない。職業、生活の乱れ、売春婦特有の病気などの要因を無視して、寿命の短さをすべてタバコのせいにするのはおかしい。

「なるほどそうかも」と思う方がいらっしゃるかもしれませんね。ここでは4つの論点をチェックしてみましょう。

  1. 調査対象者は広島・長崎の被爆者なので不適切か?
  2. 「戦前に20歳以下でタバコを吸い始めた人」は売春婦か?
  3. サンプルが年に14人では少なすぎるのではないか?
  4. 女性の平均寿命は86歳、戦後70年しか立っていないので、平均寿命の比較はできないのではないか?
(1)調査対象者は広島・長崎の被爆者なので不適切か?

この論文では当然ながら、原爆被爆の影響を排除する工夫がなされています。
もともと母体となった12万人規模の調査では、およそ半分が被爆者、残りの半分が(爆心地から十分離れたところにいて)原爆の影響を受けていない人でした。

今回の1963年(昭和38年)以降に行われた調査の対象者には、被爆者と、被爆者でない人が含まれています。被爆者でない人にとっては、原爆の影響は関係ありません。また、被爆者の間でも、1950年以降亡くなった人のうち被爆の影響は3%程度だと見積もられています。
さらに原爆による放射線については、「死亡率に影響を与えそうな要因」(交絡 confounding)として考慮されています。

つまり、被爆の影響を除いても喫煙者の方が非喫煙者より寿命が短いという結果がでているということです。

(2)「戦前に20歳以下でタバコを吸い始めた人」は売春婦か?

ここで武田センセイは初歩的な誤読をしています。「戦前・戦中に生まれた」と「戦前・戦中に喫煙していた」を読み間違えているのです。

武田センセイのイメージはたとえば、こんな感じです。「戦時中に10代でタバコを吸っていたなんて、売春婦かそれに近い不良少女に違いない」

これは初歩的な読み間違いで、1920年〜1945年というのは、その人が「生まれた年」です。戦中に吸い始めたわけではありません。イメージとしては、たとえばつぎのような女性を思い浮かべればいいでしょう。

1933年(昭和8年)生まれで、広島の近郊在住(被爆していない)女性は2003年(平成15年)の時点で70歳。このような女性同士を比べると、10代でタバコを吸い始めた人は、タバコを吸ったことがない人と比べて、約10年寿命が短くなる。(なお、飲酒習慣、学歴、BMI値は同等だとする)

論文のなかで職業による分類はありませんが、「飲酒」「学歴」「BMI」「被爆の影響」について考慮されていることを、きちんと読まなければなりません(Effect of possible confounding factors)。それらを考慮した場合でも、結果は変わらないということです。


(3)サンプルが年に14人では少なすぎるのではないか?

調査自体は男性27,000人、女性40,000人を長期間追跡した大規模なものですが、「20歳以下で喫煙を始めた女性」に限定すると357人になります。たしかに「20歳以下で喫煙を始めた男性=5842人」と比べると少ないですが、この357人をさらに25年で割って「1年あたり14人」とする理由もないでしょう。

「1920〜45年生まれ、20歳以下で喫煙開始した女性喫煙者」は51人で、非喫煙者に対して死亡率が2.61倍になっています。これはぴったり2.61倍という意味ではなく、統計的な信頼度(95%CI)でいえば約2倍〜3.4倍という範囲になります。いずれにしても喫煙者は非喫煙者より死亡率が高いですし、喫煙開始年齢が低くなると、より死亡率が高くなる傾向がみられます。


(4)女性の平均寿命は86歳、戦後70年しか立っていないので、平均寿命の比較はできないのではないか?

ここでも武田センセイは論文をちゃんと読めていません。論文の中には、「寿命が10年縮まる」の根拠が明記してあります。

「35歳以上の女性喫煙者(20歳以前に喫煙開始)のうち70歳時点で存命だったのは全体の79%。一方、非喫煙者は79%が80歳まで生きた。」ということですね。(論文のFig.2)

まとめ
  1. 調査対象者は広島・長崎の被爆者?→半分は被爆者ではない。1950年以降存命の被爆者の中で原爆の放射線が死亡率にあたえる影響は3%程度と小さく、また論文のなかで被爆の影響も除外されている。
  2. 対象者は売春婦?→今回の調査自体が1963年(昭和38年)以降なので、戦前・戦中に吸っていたかどうかはそもそも別問題。また、「飲酒」「学歴」「BMI」の影響を考慮しても結果は変わらないことが、論文に明記されている。
  3. サンプルが年14人では少なすぎる?→調査対象者のうち「20歳以下で喫煙を始めた女性」は357人。たしかに男性と比べると少ないが、それをさらに1年あたりにして14人にする意味もない。
  4. 戦後70年しか立っていないので、平均寿命の比較はできない?→根拠は論文に明記してある。

以上、武田センセイの場合は、論文をそもそも読んでいないか、初歩的な誤読をくり返しているかのどちらかだと言えます。


(関連記事)
武田邦彦音声ブログ「錯覚をとる体操 20歳以下で喫煙すると・・・」へのコメント
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20151223/p2