谷川俊太郎の質問

詩人の谷川俊太郎さんの父・谷川徹三は有名な哲学者だった。18歳になった俊太郎少年が進学もせずぶらぶらしているのを見て、「お前どうする気なんだ、大学にも行かないで」と問いつめた。そこでやむをえず俊太郎少年は「ぼくはこういうものを書いています」と2冊のノートを差し出した。
このノートが徹三氏から友人の詩人・三好達治にわたり、いわば「ダメ人間」だった俊太郎少年は、鮮烈な詩人デビューをかざることになる。

そのノートの中の一編が「ネローー愛された小さな犬に」という詩だ。「たった二回程夏を知っただけ」のネロへの呼びかけで詩ははじまる。

ネロ
もうじき又夏がやってくる
お前の舌
お前の眼
お前の昼寝姿が
今はっきりと僕の前によみがえる

詩の後半に入り、もう十八回の夏を知っている「僕」は、これから訪れる新しい夏について質問する。

新しい夏がやってくる
そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく
美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと
 僕をかなしくするようなこと
そして僕は質問する
いったい何だろう
いったい何故(なぜ)だろう
いったいどうするべきなのだろうと

そして詩の最後の一行には再び「質問」の言葉が現れる。

しかしネロ
もうじき又夏がやってくる
新しい無限に広い夏がやってくる
そして
僕はやっぱり歩いてゆくだろう
新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ
春をむかえ 更に新しい夏を期待して
すべての新しいことを知るために
そして
すべての僕の質問に自ら答えるために

この「ネロ」から半世紀以上たって出版された谷川俊太郎質問箱』という本がある。これはインターネットサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の読者からメールで寄せられた質問に、詩人の谷川俊太郎さんが文章で答える連載がもとになっている。

質問

どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。

(こやまさえ 六歳)
(追伸:これは、娘が実際に母親である私に向かってした質問です。
    目をうるませながらの質問でした。正直、答えに困りました〜)

谷川さんの答
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながら
さえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
言葉で問われた質問に、
いつも言葉で答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

やさしい話し言葉で書かれたこの本を読むと、ひとつの質問には、実に実に、いろんな答え方があるのだなあと思う。